コントラバス弾いとるんじゃけぇ

旅は道連れ世は情け

【藤谷治『船に乗れ』】

 

船に乗れ! 1 合奏と協奏 (小学館文庫)

船に乗れ! 1 合奏と協奏 (小学館文庫)

 

 素晴らしかった。

これは20代で読んだ本の中でぶっちぎり1位ですね。

音楽・恋愛・哲学の三位一体の良作。

まず音楽の描写が抜群であること。

これは評論的なものではなく完全に奏者としての視点ですね。

昔、奥さんが「師匠曰く”プロを目指す人はたった一音の発音の

ためだけに何時間も割く”らしい」と教えてくれたのを思い出した。

 次に恋愛要素。

もうね、僕は月曜の夜に2巻を読んでから、読了した今でも呼吸がままならない程に

心を動かされている。

「世の中は理不尽なことで溢れてる」と大学時代に話しあったことがあるけど

ちょっと違うかもしれない。

「世の中はどうにもならないことで溢れてるのだ」

理不尽ってのは外的要因のみに囚われた言葉だが、実際は自分自身の感情すらも

コントロールできないことは多く、それは理不尽なわけではなく、

”どうにもならないこと”だったのだ。

この2つの重いテーマを支えているのが哲学。

倫理の先生ってのは面白い人が多いのかもしれない。

浪人時代に多くのことを考えさせられたのを思い出した。

終盤で、先生が、ニーチェの『悦ばしき知識』の一節を

”人は皆、自分自身のみを暖める哲学を探すべきだ”と意訳してくれる。

これはありがたいお言葉でも何でもなく、

先生自身と主人公の関係をも示すのだけれど。

 

楽器を弾くと音楽を奏でるには大きな隔たりがあり、

口に出す言葉と行動で語る言葉にも大きな隔たりがある。

気持ちと想い、許容と受容などもそうだ。

僕はそれを”拭く”と”掃除をする”の違いとして昔教わって以来

そういう物事の次元の違いには敏感であろうとしているが

その大きな意味を改めて感じた。

 

物語全体を通してソナタ形式かのような素晴らしい構成でした。

 

あーあ、ヴァイオリンかチェロを選んでいたらなぁ!と

思わないこともないですが、ブランデンブルクの5番はヴィオローネでセーフ!

ということでいつか弾いてみたい。

そして、読んだ後にうっかりブラームスのドッペルコンチェルト聴いちゃって、

しかも、運が悪いことにチェリストがフルニエ!

音源の古くさい味のある響きがドンピシャで

これを聴いて弾くことを夢見る二人を見てみたかったなぁーとか思った。

 

最後はちょっと茶化したが

単純に主人公へ著しく感情移入をさせうる力を持っており

それだけでも素晴らしいのだが、完全主観で話が進むので、

主人公から見えているものしか存在しない。

これは相当序盤にコギトエルゴスムをひけらかしたのが効いていたり、

作曲家のいわゆるイメージも利用しており、

ちょっと名前が出てきた偉人たちが意味を成す。

いや、ほんとすごかったです。

 

久々に凄い本に出会いました。

2016年→2017年

こんにちは。

月日が経つのは早いもので、もう2016年が終わろうとしています。
個人的には2016年であることを自覚しきれないまま…毎度毎度「今年って2016年だったっけ?」と思いながら、今日を迎えているので、年を取るって怖いなぁと戦々恐々としております(笑)

●今年行った演奏会

早速ですが、このブログは演奏会レビューばかり書いてるので、行った演奏会をまとめてみました。

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所属してる団のアンサンブル大会を除いて、30回は演奏会という場に出向いたことになりますね。去年は26回で、もうコレを超えることは無いだろうと言っていたんですが、まさか減るどころか超えることになるとは…人生何が起きるか分からんもんです。

印象的なのは

 2月の福山公演で恐怖を感じたことや

kaze-no-ta-chan.hatenablog.com

 

 6月のシュトイデ氏の弾き振りによる未完成で、想いというものの響きを感じられたり

kaze-no-ta-chan.hatenablog.com

 

 8月の平和の夕べで、今年も音楽に意味が付与されることについて考えたり

kaze-no-ta-chan.hatenablog.com

 様々な学生オケに触れることで、我々がいた世代の古巣はいかに音楽的に恵まれていなかったのかに打ちひしがれたり

なにはともあれ、いろいろな音楽体験をすることが今年も出来て幸せだったのは間違いないですね。

●国立大学オケ定演リスト

 

 そして、個人的な趣味で中四国オケの定演リストは作っていたのですが、今年の夏に何を思ったのか全国の国立大学定演リストを作成してしまいました。これと同時に、今年の演奏会に取り上げられた交響曲順位も割り出し、1位がチャイ6とドヴォ9で9団体に取り上げられてることが明らかになりました。やはり副題付は強いですねぇ。5団体に取り上げられている曲にブラ1・ベト5と並んでカリ1がいたのは、メモリアルイヤーとはいえ笑ってしまいました。

● 公私

 お仕事は順調です。今年の4月から、部署異動がありまして、ただの平社員のままなのに結構お仕事が大変になりました。部署がら、内向きとはいえいわゆる管理職級の人がメインのお相手になりまして、プレッシャーを感じることは多くなりましたが、そのプレッシャーに潰されないように余計にゆる~い人間にもなっていってるのも自覚しています(笑)…まぁ、営業職みたいなキリキリするあの強迫観ってのはないので、問題ないでしょう。

 私生活としましては、結婚したのは大きいかなと。生活自体はともかく、やはり世帯主になったというのは気持ちの面で違いますね。頑張って働こうと思いますし、帰ったら奥さんが待ってくれているというのも、とても暖かい気持ちになります。…結婚、おススメです(笑)

 あ、そういえばバス弓を購入したんだった。この頃から音が大きいと言われだす。客演指揮にも”音の大きい彼”と認知されていて、とても反省しています(笑)

 

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 まぁ、そんなこんなの2016年でした。2017年、どんな1年にしようかなぁと考えてたんですが、まとまらないので箇条書きでネタ出しします。

・広響会員の継続

・ブロガー歴10年を記念した何か

・所属オケのFB広報として、いいね!200件到達

・廻らない寿司屋に行く

…ここらがすぐ浮かぶものですかね。特にブロガー歴10周年は本当に何かしたい。あー、来年も良い1年にしたいと思います!!

それでは、皆さんよいお年を!!!

161227 岡山大学交響楽団 定演#63

こんにちは。

おそらく仕事を納めることが出来てほっとしています。

●はじめに

2016年の演奏会納めは岡大オケとなります。今夏のサマコンでコンミス様の圧倒的な技術に度肝を抜かれたのが忘れられず、聴きにいくことを決めました。

ロッシーニ:「セビリアの理髪師」序曲

 さて、前プロのセビリアですが…正直なところを言うと、弾けてるなぁというのが最初から最後まで続いた。期待値が高すぎて、学生オケだということを失念してました。おそらく1年生が乗ってるからか、パート内でのズレが大きく、音楽の流れ(うねり)が収束されてなかった。個人単位でみるとパッセージとしては弾けてる感じではありましたが。

 個人的には、チェロベーがあまり響いてきてない事が、音楽空間の余裕を生んでなかったのかなぁ…と。その影響で、音楽の膨らみと力強い加速感が薄かった。

●保科洋:「祝典舞曲」

  ま…まぁ、前プロは1年乗ってるし、期待値高すぎたしね?っと頭をリセットして、聴こうと思ったら、もろ吹奏ーって感じの曲。この曲に関してはパンフレットに保科先生が「大学から楽器を始めた初心者でも演奏可能なように技術的には易しくなるよう心がけました」と書かれているのに対して、目の前で繰り広げられている視覚映像の決して易しくはない動きとのギャップにただただ困惑していました(笑)

 ただ、前プロと違ってパート単位ではなくセクション単位…というか似た音域でのまとまりは感じられた。音楽の脈動はちゃんと感じられる演奏でした。曲そのものが楽しい曲であって、何かを感じ入ろうとするのは野暮だなぁと思い、深く考えるのはやめた。音の輪郭がちゃんと分かり、吐く空気の量やディナーミク、弓の位置や使う量がきちんと計算されている、岡大オケのテクニカルな部分が存分に発揮されていたように思える。実はこれって凄いことなんですよねぇ。

マーラー交響曲第1番「巨人」

 やっぱり上手かったです。1楽章のチェロのソロあたりから全体のエンジンがかかってくる感じ、たまらなかった。曲がそうであるだけでなく、チェロの音色の作り方は上手かった。ああいう起点になるパートがいくつもあるってのはさすが岡大オケといったところ。1楽章のトランペットのドラゴンボールっぽいファンファーレに入る前(コントラバスが動いてるところだったと思う)のヴァイオリンの響きは最高だった。きちんと後ろのプルトも鳴ってたから音の立体的な膨らみがあって震えましたね。

2楽章は低弦のオスティナートが独特の節回しであった。特徴的な曲の作り方はここら辺から姿を現してきてたんですが、クラのベルアップやホルンのスタンドもあったと考えると、保科先生は分かりやすい表現が好みなのかもしれない。それを置いておいて、やりすぎ表現に付いていけるだけあって、テンポの揺れなどにビターっと合わせてくるのはさすが。

3楽章冒頭のベース、お疲れ様です!個人的には弾けすぎてた位に…(あっこは緊張でガッチガチで弾いてる位が訥々とした寂しい感じが出ますよ…といつかのために言い訳しておきます)…3楽章は、ほぼ同時期というか1番作曲中に作曲した歌曲の旋律を用いてるだけあり、弾きやすそうにしていたように感じる。

アタッカで4楽章。僕は冒頭のヴァイオリンの激しい動きの響きがめっちゃ好きなんですけど、和音が完全にハマりきっていなかったのか、弦を噛んだ音が少なかったのか、煌びやかな響きにはなっていなくて少し残念。4楽章は長いが、フィナーレ(っぽいのとラストコーダ)を2度楽しめるおいしい楽章。正直なところ、スタミナ不足かテンポ設定のせいか、音楽の流れが途切れているところが多々あり、曲の長さを感じてしまう瞬間はあれど、コーダはさすがに興奮した。

全編を通して、コンミスの上手さは際立っていた。決して1stは下手ではなく、フレーズ観の統一もされていたのに、その音に輪郭をつけ陰影をつけていたから凄まじさが余計に際立った。また、個人的にはCbの個性的な弾き方のトップと高いレベルで正統派の2裏?(隣)が対照的な弾き方で、しかしてあの二人の音が飛びぬけて聴こえてきていたことに、ベースらしさを感じ好ましかった。

 

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●いろいろ

さて、少しばかり辛辣なことを続きに書こうと思う。

 

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161118 九大フィルハーモニー・オーケストラ 定演#197

●はじめに

前日の広大オケに続いて、九大フィル。福岡まで遠征してきました。
博多…可愛い後輩に会えるという特典とはいえ車旅だとさすがにキツかったです。
翌日は仕事にならなかった…というかその週は仕事にならなかったです(汗

モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲

  さて、魔笛。…上手い。初っ端から音楽空間の構築が出来ていました。フレーズ観の共有といい、ホールでの響かせ方が計算されていた。数分で「あ、これ学生オケであることを売りにしてるオケじゃないや」って聴き方を切り替えましたもん。どっかのセクションが売りになるわけでなく、1つの作品として楽しめる実力でした。さすがは旧帝大…こういうそつない演奏って感想書きにくいんですけどねぇ(笑)

ラヴェル組曲マ・メール・ロワ

 素晴らしかった。ラヴェルオーケストレーションの妙に感じ入る程に、彼の色彩感が見事に描かれていた。安定していることは当たり前で、曲ごとに冒頭からしっかり音色を吹き分けられていて、遊び心も感じられる名演だった。終盤の溜め息の出るような響きの美しさ…これは本当に枕詞抜きに良かったと思います。

チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」

 さて、問題はチャイ6。もちろん上手かった。チャイコの曲ってつい気持ちよくなりすぎちゃって、楽譜の指示に半歩遅くなったりしがちなんですが(自戒)…そんなことも決してなく、フレーズ観やディナーミクなど音楽を構築する上では素晴らしかったと思います。反面、前述の気持ちよくなってる感ってのはほとんど感じられなかった。技術としての歌心であって、観客と共感する節回しではなかったかなぁと。(後述の)4楽章突入云々を書く前に、1楽章の時点で僕はそういうことをメモしていた。

 もちろん、チャイコを聴くうえで僕にとって不可欠の2楽章Hrのシンコぺだったり、対旋律だったり、4楽章のHrシンコぺからVnが入ってくるあの瞬間!だったりと、チャイコを構成するもの自体は満足の聴きごたえのある出来でした。…ただ、目指すものの方向性が甘さを許さないものだったのかなぁと思う。

 ただ、Twitterでは早々に書いたが、3楽章ラストで盛り上がりを抑制したように感じられたのは勿体なかったと思う。あのオケならもっと鳴ったハズなんですよね。 もしかしたら楽譜が違うのかもしれないが、3楽章ラストってsempre”fff”なわけで、躊躇する余地ない。そこまで鳴りきってこその4楽章でしょう…と。パンフレットにも注意書きがあったが、チャイ6は3楽章で拍手をもらうことの多い曲です。それを嫌ったのかなと疑ってしまう感じで、少しションボリした。(オマケだが、前日の広大オケはカリ1の1楽章で拍手をもらっているし、広響なんて2月にチャイコVnコン1楽章で拍手をもらい、休憩中に「拍手をするな」とわざわざアナウンスをした次のチャイ6では案の定3楽章で拍手をもらうという大惨事であった。)

 まぁ、そういった不純物がそこで来るかーってのが最後まで残り、非常に後味の悪い演奏会になってしまった。もちろん、これは前中で素晴らしい演奏をして期待値をゴリゴリに引き上げてもらったが故の感想である。普通の学生オケならスタンディングオベーションしたい位の感動もあった出来栄えでした。4楽章冒頭はモヤモヤしながらも、3楽章に自分の心拍数を引き上げられていたことに気付いていた。

まぁ、今思い返しても、もったいなかったなぁと思うわけですが、期待値は下がっていません。これだけの理性的なオケならばブラームスとかマーラーとか最高だろうなって思う。もはや相性なんではなかろうか。そこまでのオケだった。

●いろいろ

 本当に上手かった。まぁ、僕は常にもっと良いものを!って思ってしまう性質なので、広響を始めとしたプロオケ(来日オケ含む)でも文句なしの快演ってのは少ないことをご了承くださいませ。でも、全力で理性的であろうとしつづけた九大フィルと、全力で練習に取り組んだであろう広大オケも、どんな形であれ力を尽くした感じは気持ちのいいものである。

 

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さて、今年の演奏会はあと1つ!中四国の雄、楽しみにしてますよ!!
では。

161117 広島大学交響楽団 定演#65

●はじめに

 1年ぶりの広大オケ。やはり地元ということで応援していきたいのもあり、足を運びました。ちなみに、去年は

 

 

 

 

ここまで書いているわけです。もちろん、この時はまだ岡大オケを聴いていないので、最後の一文はさすがに書きすぎですが、ドヴォ7がとても良かったのは今でも思います。そんなことを思いながらなので、結構ハードルは高かったような気がしますが果たして…?

フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』序曲

 ヘングレは冒頭ホルンの祈りの歌、壮大な物語が始まりそうなあの感じがいいですよね。演奏も揺らぐことなく、幕が開けたという喜ばしい気持ちになりました。弦セクがとても鳴っており、物語性を常に支えていたように思えます…が、それがこの曲では逆効果だったように思えます。

 個人的に、この曲の肝はやはり木管の遊び心ある演奏。いくらグリムとはいえ、童話は童話なので、子供たちの童心が感じられる演奏が面白いところだと思ってるんですが、若干弦が厚すぎて、それに埋もれていた感じ…とそれを越えようとして余裕の無い響きになっていた印象を受けました。とはいえ、しっかり仕上がっていて、曲へ前のめりな感じはとても好印象でした。

チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

 冒頭Cl,Fgは息があっており、とても美しく響いていた。(贅沢を言うなら、聖歌チックなフレーズですし、もうちょっと空気が含まれた音のほうが好きですが、これは好みですね)…弦セクが安定してると、決戦前のあの不穏な空気の部分の静謐な感じが停滞しなくてよい。個人的に、Fl,Obによるロメオのテーマの裏でHrが吹いてる1度?の動き、あれは地味だけどちゃんと微妙な機微が音楽の方向性とマッチしていて嬉しかった。あの動き好きなんですよねぇ(笑)

 この曲に限らず、TbTuCbはチャイコフスキーの対位法の恩恵を受けて、演奏してておいしいと思うことが多々あると思いますが、しっかりと存在感を示してて楽しそうであった。前プロよりも安定感が増しており、パッセージも弦を把持した音がメインでしっかりと決闘してる感があり、楽しめた。

●カリンニコフ:交響曲第1番

 この曲、予習無しで聴いた人はなんて良い曲だろうと思うだろう。ロマンティックだけど爽やかで、それでいてブラスもとっても鳴るし、低音楽器もとってもかっこいいし、って本当にてんこ盛りなのである。

 …それは置いておいて、これだけ各楽器に弾きごたえのあるフレーズが用意されている交響曲というのも珍しく、それだけに練習に熱が入るだろうと思うし、実際にとても完成度の高い演奏となっていた。美しい旋律美とはいえ、しつこい程に何度も聴かされると、少し疲れてくるんですが、一気呵成に持っていかれたように思える。

 そうして疲れたところに、2楽章冒頭のHpとVnの幻想的な響きが沁みるんですわ。ロシア作曲家による雪の降ってるかのような音楽表現は抜群。木管セクションの表現力がメインに来て段違いで驚いたし、各楽器のソロは音色まで揃えてきてて、思わず唸ってしまった。

 カリ1の4楽章は、メロディにメロディを重ねていく感じがわざとらしくてあんまり好きではなかったんですが、学生オケという属性を重ねて聴くと、これがとてもドラマティックで感動的なものに聴こえて、来るものがありました。

 カリ1のように練習時間がそのまま報われる曲と広大オケは相性がいいのかもしれない。 

●いろいろ

広大オケは、とても熱く、取り組む曲に対して前のめりな姿勢が感じられるので、聴いていて気持ちがよい。この翌日に九大フィルを聴いたんですが、対照的で、人が移り変わる大学オケでもカラーってのはあるんだなぁと面白く感じました。

良い演奏会でした。

では。

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161111 広響定期#365

お久しぶりです。

●はじめに

おおよそ3ヶ月も更新が停滞していたことをお詫びいたします。和歌山へ約1ヶ月の出張だったり、市民オケの演奏会に向けた練習だったり、私事で忙しかったりしました。
さて、前回の”平和の夕べ”記事からの間に、【160911大阪市管弦楽団 定演#84】【160916 広響ディスカバリー】の2回ほど挟んでいるのですが、記事は下書きのまま…。ということで、今回の記事はリハビリとしての更新でして、出来栄えはご容赦を。

伊福部昭:ラウダ・コンチェルタータ ソリスト:塚越槙子

 圧倒的なマリンバ。これに尽きる。ちゃんと調性音楽の中で突飛な構成というわけでもないのに、原始的な生命力を感じられる曲であり演奏であった。マリンバという1個の主体を取り巻く雄大な地球の変遷をオケが描いているようでした。オケに限らず、マリンバも低音域の膨らみが素晴らしく、この曲の肝をきちんと魅せきった1つの要因かと思われる。

 何よりも、演奏冒頭より世界観が出来上がってる・共有されているってのは、スロースターターの広響にしては珍しく、それだけの存在感を塚越さんが放っていたということだろう。久々に気が付いたら演奏が終わっていた程に没入して聴きいってしまった。塚越槙子…覚えておきたいマリンバ奏者です。いやはや、ブラボーでした。

ソリストアンコール_モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス

そしてアンコール。 

ameblo.jp

ブログ拝見したら、あのアヴェ・ヴェルム・コルプスは急遽決められたものだった!?とたった今驚愕していますが、もはやあれはれっきとした賛美”歌”と言える美しさ。ラウダの力強さとの対比が大きく、繊細で祈りのような響きでした。個人的には、アンコールにおけるアヴェ・ヴェルム・コルプスの当たり演奏の確率半端ない事にも震えている。

ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第1幕前奏曲

 ワーグナーにしては清らかな響きなんですが、中にちらりと覗く危うさがよい。

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルクの音楽(パリ版)

 堂に入った演奏でした。個人的にはもっとスピード感があった方が好みですが、版の違いかもしれない。タンホイザーを聴いてる時には「鳴りきりたい!…のに鳴りきれない!このもどかしさ!がワーグナーだよね」とか思っていた。

ヴェーヌスベルクの音楽では、終止ファゴットがいてほしい所にいる安心感があり、ああいう技がファゴットの美味しいところなのかもしれない。

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ前奏曲と愛の死

 タンホイザーで「鳴りきりたい!…のに鳴りきれない!このもどかしさ!がワーグナーだよね」とか思っていたわけですが、その最たるものであるトリスタン。音は満ちていくのに心が満たされない、安心できない、解放されない!そうです、これを聴きにきたんです!!
 …とまぁ、この位には楽しめたんですが、実は冷静な自分が残ってしまっていた。広響のピアノ表現はかなり高いレベルに来てると思っていて、それが故に緩徐曲ってのは得意と言える
。しかし、今回これだけワーグナー曲を続けて聴いてみて、フォルテ表現において壁にぶち当たっているような気がしてどうもならなかった。それこそ、シュトイデ級のスーパーカー連れてくるか、内声部(2ndVn・Va)の強化が必要なのではないかと感じる一幕だった。

●アンコール_ワーグナー:歌劇「タンホイザー」第3幕への前奏曲

 アンコールは予想できたタンホイザーの第3幕への前奏曲。良かったです。

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●いろいろ
 この3ヶ月、いろいろありました。なによりも私事ではありますが、結婚いたしまして、今後もこうやって音楽を楽しみ、その思い出をここに記していければいいなと思っております。

では。

 

160805広響 平和の夕べ

こんばんは。

 ●はじめに

去年のアルゲリッチの感動を胸に、広島の至宝萩原麻未の演奏を楽しみにしていました。実は去年の演奏会、会場には萩原麻未さんの姿も見つけていました。彼女はあの深遠なる祈りのようなベトコン1に対してどういった演奏を持ってくるのか、楽しみにせざるを得ないですよねぇ。

シューマン:ピアノ協奏曲 ソリスト萩原麻未

 序盤、広響のエンジンが慣らしの段階は、萩原さんが馴染ませるよう寄り添った演奏だったように感じた。もはや大ピアニストの風格さえあった。世界トップクラスに何を言うんだという話ですが、奏法の選択肢が多い。そして、1楽章のクラリネットのソロが良かった。あのソロって元気さを感じてしまう吹き方が圧倒的に多いのですが、僕はああいうしっとりしたの好きです。

 また、この曲に限らず、シューマンの代名詞である刻み。僕はあの刻みで空間を撹拌しているように感じていて、今回も音楽空間の拡張に繋がる良い刻みであった。少しずつ広響のエンジンがかかってきて、ソリストTuttiが一緒に動くところはアツかった。

ソリストアンコール アヴェ・マリア

 いやぁ、これですよ。曲からしてドストレートだが、祈りのような響きでした。萩原さんの演奏を聴くのは2回目で、TVでもちょくちょくお見かけしてますが、割とパワフルなイメージが強かったんですよね。この演奏ではそういった雰囲気がチラリとも顔を出さず、ホールの隅々まで萩原さんの意識が届いているような響きを感じました。ここに去年への意趣返しがあったのかと震えた。響きは透明で美しいが、その演奏をこの日ここに持ってくる辺りに、彼女の広島人らしいというか負けん気を見た。

ブルックナー交響曲第9番

 ブルックナーは宇宙とよく言われるが、まさにその通りだった。荘厳で叙情的、観客はそれに包まれた。1楽章に物語のすべての要素が詰まっている気がして、とても満足感があった。混沌が上手く並べられており、全体として秩序を保っていたというか連なりを感じた。2楽章、誰が聴いても覚えてしまうわざとらしいテーマなのに、気付いたら奥へ奥へと引きこまれていった。あのフレーズがアホっぽくならないってブルックナー凄いって思った。んで3楽章は愛と祈りを感じた。でも決して甘くなく、そこらへんはナンバー9のあり方なのかもしれない。人間は何のために生きているのか考えながら生きているが、最終的にはそこにただある事に意義を見出したとでも言いましょうか、究極的な何かを掴んだような、果たして掴めるようなものだったのか、という物語の閉じ方だった。

 そんなブル9を広響は感じさせてくれた。初聴でも、当たりに感じさせてくれるって凄いと、常々思ってます。変な先入観が無い分と思われる方もいらっしゃると思いますが、今まで聴こうと思ってなかったものを聴きたいと思わせるって、やっぱり真摯な演奏なんですよね。

●いろいろ

 なんにせよ、今年も平和について考えさせされる演奏会であった。来年も楽しみです!

では。

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