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コントラバス弾いとるんじゃけぇ

旅は道連れ世は情け

160610 広響定期 #361

どうも。

考えてみれば、演奏会に行く事が当たり前のようになっているのって、学生の頃の自分から考えると信じられませんね。たじゃすです。

●はじめに

シュトイデ氏と言うと、去年のベト5が思い出される。 

kaze-no-ta-chan.hatenablog.com

この時は、ケチってA席にしましたが、前から下手側6列目7列目ぐらいだったこともあり、 シュトイデ氏の擦弦の音にすら魂がこもっているように感じたものですが、今回は果たして…。

●(献奏)シベリウス:悲しきワルツ

 広響Vn津田芳樹さんを偲んでプログラム変更が行われ、悲しきワルツが冒頭に献奏として演奏されました。津田さんは前の方で弾かれてる印象はあまり無く、一ファンとして注目したことはありませんが、白メガネの似合うお洒落な方だったと記憶しております。ステージ上を観る者としてもステージで演奏する者としても、あの場には生物の生き死という生臭さは無いような気がしている。この献奏もやはりそういった重力をはねのけた美しき響きのみが残っており、きっと天に届いたことだろうと思う。

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ソリスト:フォルクハルト・シュトイデ

 指揮者無しという事もあり、テンポは重め。個人的にブルッフはちゃきちゃき曲が進む印象があったが、ブラームスよろしく分厚いブルッフに仕上がっていた。去年も書いたが、とにかく積んであるエンジンが全然違う。別に広響弦セクを貶めるわけではないが、比べるものでないといいますか、住んでいる世界が違うということを改めて感じさせられた。…そしてそれが少し関係するのかなと思ったのがVnパートへの影響の仕方。前回は1回目ということで「付いていきます」という感じだったのが、今回は「吸収できるだけしてやる」という香りが若干しました。もちろん、技能職人の世界ではスキルは盗んでいかなければならないのですが、やはり骨格から吸ってきた空気から全て違うわけで、ちょっと自分たちのリズムを崩されていたように思えました。

 メンコンよりも独奏とトゥッティが合わせづらい曲なので、指揮者無し故の若干の綻びはありましたが、以前にもましてシュトイデ氏のエネルギーを感じられた良い演奏でした。

シューベルト交響曲第7番「未完成」

 この曲がこのタイミングで演奏されるというのはどうしても意味を感じてしまう。天と地…友人Dに言わせれば高弦のpは天国を、低弦は墓を、表してるらしいが、生命の流れが行ったり来たりというようなものは確かに感じた。ロ短調がそうさせるのか、未完であったことがそうさせるのかは分からない。

 演奏面では引き続き弦セクが「憧れと諦め」の入り混じった演奏をしており、プロでもこんな人間味のある風景見られるんだと少し安心した反面、音楽の道の深淵さに少し身震いすらした。この曲は、Vnの消え入りそうでいて張り詰めた緊張のp、Vc・Cbの這ったような低音、そしてクラリネットオーボエの音色による抱擁が、ありきたりですが僕の好むポイントでして、それらは全て満たされていた。というか何かを想起させられる演奏でした。抜群に整っていたわけでは無かったんですが、演奏に意味を付与させるレベルの演奏でした。しみじみと良かったと未だに思い返しています。

シューベルトイタリア風序曲

 もともとは前プロでしたが、アンコールに変更された。シューベルトらしさを感じた、音楽性先行の美しい曲だと感じたが、正直なところ未完成で満たされていて、あまり覚えていない。程よく脱力されて良い演奏だったとは覚えています。

●いろいろ

 個人的に、指導者に最も必要なのは”愛”だと思っている。妥協という言葉は諦めるという意味で捉えられることが多いがそれは違う。届きうる最高に到達させることが妥協であり、今回のシュトイデ氏はそうであったと思う。さながら音楽そのものに忠義を尽くす騎士であった。音楽にたった1つの正解なんて無くって、今できる最高を目指し続けることが善いことなんだろう。

 

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