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コントラバス弾いとるんじゃけぇ

旅は道連れ世は情け

161111 広響定期#365

管弦楽

お久しぶりです。

●はじめに

おおよそ3ヶ月も更新が停滞していたことをお詫びいたします。和歌山へ約1ヶ月の出張だったり、市民オケの演奏会に向けた練習だったり、私事で忙しかったりしました。
さて、前回の”平和の夕べ”記事からの間に、【160911大阪市管弦楽団 定演#84】【160916 広響ディスカバリー】の2回ほど挟んでいるのですが、記事は下書きのまま…。ということで、今回の記事はリハビリとしての更新でして、出来栄えはご容赦を。

伊福部昭:ラウダ・コンチェルタータ ソリスト:塚越槙子

 圧倒的なマリンバ。これに尽きる。ちゃんと調性音楽の中で突飛な構成というわけでもないのに、原始的な生命力を感じられる曲であり演奏であった。マリンバという1個の主体を取り巻く雄大な地球の変遷をオケが描いているようでした。オケに限らず、マリンバも低音域の膨らみが素晴らしく、この曲の肝をきちんと魅せきった1つの要因かと思われる。

 何よりも、演奏冒頭より世界観が出来上がってる・共有されているってのは、スロースターターの広響にしては珍しく、それだけの存在感を塚越さんが放っていたということだろう。久々に気が付いたら演奏が終わっていた程に没入して聴きいってしまった。塚越槙子…覚えておきたいマリンバ奏者です。いやはや、ブラボーでした。

ソリストアンコール_モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス

そしてアンコール。 

ameblo.jp

ブログ拝見したら、あのアヴェ・ヴェルム・コルプスは急遽決められたものだった!?とたった今驚愕していますが、もはやあれはれっきとした賛美”歌”と言える美しさ。ラウダの力強さとの対比が大きく、繊細で祈りのような響きでした。個人的には、アンコールにおけるアヴェ・ヴェルム・コルプスの当たり演奏の確率半端ない事にも震えている。

ワーグナー:歌劇「ローエングリン」第1幕前奏曲

 ワーグナーにしては清らかな響きなんですが、中にちらりと覗く危うさがよい。

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルクの音楽(パリ版)

 堂に入った演奏でした。個人的にはもっとスピード感があった方が好みですが、版の違いかもしれない。タンホイザーを聴いてる時には「鳴りきりたい!…のに鳴りきれない!このもどかしさ!がワーグナーだよね」とか思っていた。

ヴェーヌスベルクの音楽では、終止ファゴットがいてほしい所にいる安心感があり、ああいう技がファゴットの美味しいところなのかもしれない。

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ前奏曲と愛の死

 タンホイザーで「鳴りきりたい!…のに鳴りきれない!このもどかしさ!がワーグナーだよね」とか思っていたわけですが、その最たるものであるトリスタン。音は満ちていくのに心が満たされない、安心できない、解放されない!そうです、これを聴きにきたんです!!
 …とまぁ、この位には楽しめたんですが、実は冷静な自分が残ってしまっていた。広響のピアノ表現はかなり高いレベルに来てると思っていて、それが故に緩徐曲ってのは得意と言える
。しかし、今回これだけワーグナー曲を続けて聴いてみて、フォルテ表現において壁にぶち当たっているような気がしてどうもならなかった。それこそ、シュトイデ級のスーパーカー連れてくるか、内声部(2ndVn・Va)の強化が必要なのではないかと感じる一幕だった。

●アンコール_ワーグナー:歌劇「タンホイザー」第3幕への前奏曲

 アンコールは予想できたタンホイザーの第3幕への前奏曲。良かったです。

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●いろいろ
 この3ヶ月、いろいろありました。なによりも私事ではありますが、結婚いたしまして、今後もこうやって音楽を楽しみ、その思い出をここに記していければいいなと思っております。

では。