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コントラバス弾いとるんじゃけぇ

旅は道連れ世は情け

161227 岡山大学交響楽団 定演#63

こんにちは。

おそらく仕事を納めることが出来てほっとしています。

●はじめに

2016年の演奏会納めは岡大オケとなります。今夏のサマコンでコンミス様の圧倒的な技術に度肝を抜かれたのが忘れられず、聴きにいくことを決めました。

ロッシーニ:「セビリアの理髪師」序曲

 さて、前プロのセビリアですが…正直なところを言うと、弾けてるなぁというのが最初から最後まで続いた。期待値が高すぎて、学生オケだということを失念してました。おそらく1年生が乗ってるからか、パート内でのズレが大きく、音楽の流れ(うねり)が収束されてなかった。個人単位でみるとパッセージとしては弾けてる感じではありましたが。

 個人的には、チェロベーがあまり響いてきてない事が、音楽空間の余裕を生んでなかったのかなぁ…と。その影響で、音楽の膨らみと力強い加速感が薄かった。

●保科洋:「祝典舞曲」

  ま…まぁ、前プロは1年乗ってるし、期待値高すぎたしね?っと頭をリセットして、聴こうと思ったら、もろ吹奏ーって感じの曲。この曲に関してはパンフレットに保科先生が「大学から楽器を始めた初心者でも演奏可能なように技術的には易しくなるよう心がけました」と書かれているのに対して、目の前で繰り広げられている視覚映像の決して易しくはない動きとのギャップにただただ困惑していました(笑)

 ただ、前プロと違ってパート単位ではなくセクション単位…というか似た音域でのまとまりは感じられた。音楽の脈動はちゃんと感じられる演奏でした。曲そのものが楽しい曲であって、何かを感じ入ろうとするのは野暮だなぁと思い、深く考えるのはやめた。音の輪郭がちゃんと分かり、吐く空気の量やディナーミク、弓の位置や使う量がきちんと計算されている、岡大オケのテクニカルな部分が存分に発揮されていたように思える。実はこれって凄いことなんですよねぇ。

マーラー交響曲第1番「巨人」

 やっぱり上手かったです。1楽章のチェロのソロあたりから全体のエンジンがかかってくる感じ、たまらなかった。曲がそうであるだけでなく、チェロの音色の作り方は上手かった。ああいう起点になるパートがいくつもあるってのはさすが岡大オケといったところ。1楽章のトランペットのドラゴンボールっぽいファンファーレに入る前(コントラバスが動いてるところだったと思う)のヴァイオリンの響きは最高だった。きちんと後ろのプルトも鳴ってたから音の立体的な膨らみがあって震えましたね。

2楽章は低弦のオスティナートが独特の節回しであった。特徴的な曲の作り方はここら辺から姿を現してきてたんですが、クラのベルアップやホルンのスタンドもあったと考えると、保科先生は分かりやすい表現が好みなのかもしれない。それを置いておいて、やりすぎ表現に付いていけるだけあって、テンポの揺れなどにビターっと合わせてくるのはさすが。

3楽章冒頭のベース、お疲れ様です!個人的には弾けすぎてた位に…(あっこは緊張でガッチガチで弾いてる位が訥々とした寂しい感じが出ますよ…といつかのために言い訳しておきます)…3楽章は、ほぼ同時期というか1番作曲中に作曲した歌曲の旋律を用いてるだけあり、弾きやすそうにしていたように感じる。

アタッカで4楽章。僕は冒頭のヴァイオリンの激しい動きの響きがめっちゃ好きなんですけど、和音が完全にハマりきっていなかったのか、弦を噛んだ音が少なかったのか、煌びやかな響きにはなっていなくて少し残念。4楽章は長いが、フィナーレ(っぽいのとラストコーダ)を2度楽しめるおいしい楽章。正直なところ、スタミナ不足かテンポ設定のせいか、音楽の流れが途切れているところが多々あり、曲の長さを感じてしまう瞬間はあれど、コーダはさすがに興奮した。

全編を通して、コンミスの上手さは際立っていた。決して1stは下手ではなく、フレーズ観の統一もされていたのに、その音に輪郭をつけ陰影をつけていたから凄まじさが余計に際立った。また、個人的にはCbの個性的な弾き方のトップと高いレベルで正統派の2裏?(隣)が対照的な弾き方で、しかしてあの二人の音が飛びぬけて聴こえてきていたことに、ベースらしさを感じ好ましかった。

 

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●いろいろ

さて、少しばかり辛辣なことを続きに書こうと思う。

 

 

 ここからは、本当にぶっちゃけた話、演奏技術云々ではなく、表現として曲の作り方が好みでなかった…。全体的にストレートな表現をしてもらえず、気持ちいいと浸り続けられなかった。某SNSでは「ドラゴンフルーツのような上手さ」と書きましたが、どちらかというとサーキット用のハイチューンカーでオフロード走ってるぐらいのもったいなさである。

あの歌いまわしは、広島のホールでやったら音楽の息吹がもれなく絶えると思った。僕がアマオケに求めているのは音楽の脈動・流れ・うねりであり、その部分は結構ギリギリだった動かし方だったと思う。これはオケというよりは指揮者の責任かなぁと。ホールでの響き方はさすがに長年の経験者じゃないと分からんですよ。オケの指揮への反応は素早く、それでいて意図を汲み取れていたように見えた分、本当にもったいない。

対向配置もやるのは自由だが、2ndVnに高学年をほとんど置いていない割には頑張っていたが、やはり音が薄い。4楽章で鳴りきっていなかったのは内声部がもう少しあればといったところ。

中四国では抜群の実力を持っているのは間違いないが、大きな作為の匂いを感じてしまったのは否めない。先日の九大フィルは”音楽のありかた”の発露だったのだが、今回のいろいろな作為は”観客へのパフォーマンス”であったように思える。演奏会なのでベクトルが観客に向いていることは悪いことではないが、それはあくまで作品と奏者と観客の共感のためのベクトルであって、観客へのおためごかしではない。観客に表現を届けるためにはやり過ぎぐらいが丁度いいと言われるが、あれはやり過ぎではなく味付けであった。

●いろいろ2

まぁ、上手かったのは間違いないのですが、上手いオケは上手いだけじゃダメなのかなぁって思わされた数日である。奇をてらわない演奏って、もはや技術のとてつもない研鑽しかないので難しいのは難しいんですよねぇ。なんにせよ、オケと指揮者の結びつきの強いオケであり、これだけ反応のいいオケ振ったら面白いだろうなぁって思いながら聴かせてもらった。

 

これにて、今年の演奏会は終わり!演奏会振り返り記事を書いて、ブログ納めにしますかねぇ。

では。