コントラバス弾いとるんじゃけぇ

旅は道連れ世は情け

【藤谷治『船に乗れ』】

 

船に乗れ! 1 合奏と協奏 (小学館文庫)

船に乗れ! 1 合奏と協奏 (小学館文庫)

 

 素晴らしかった。

これは20代で読んだ本の中でぶっちぎり1位ですね。

音楽・恋愛・哲学の三位一体の良作。

まず音楽の描写が抜群であること。

これは評論的なものではなく完全に奏者としての視点ですね。

昔、奥さんが「師匠曰く”プロを目指す人はたった一音の発音の

ためだけに何時間も割く”らしい」と教えてくれたのを思い出した。

 次に恋愛要素。

もうね、僕は月曜の夜に2巻を読んでから、読了した今でも呼吸がままならない程に

心を動かされている。

「世の中は理不尽なことで溢れてる」と大学時代に話しあったことがあるけど

ちょっと違うかもしれない。

「世の中はどうにもならないことで溢れてるのだ」

理不尽ってのは外的要因のみに囚われた言葉だが、実際は自分自身の感情すらも

コントロールできないことは多く、それは理不尽なわけではなく、

”どうにもならないこと”だったのだ。

この2つの重いテーマを支えているのが哲学。

倫理の先生ってのは面白い人が多いのかもしれない。

浪人時代に多くのことを考えさせられたのを思い出した。

終盤で、先生が、ニーチェの『悦ばしき知識』の一節を

”人は皆、自分自身のみを暖める哲学を探すべきだ”と意訳してくれる。

これはありがたいお言葉でも何でもなく、

先生自身と主人公の関係をも示すのだけれど。

 

楽器を弾くと音楽を奏でるには大きな隔たりがあり、

口に出す言葉と行動で語る言葉にも大きな隔たりがある。

気持ちと想い、許容と受容などもそうだ。

僕はそれを”拭く”と”掃除をする”の違いとして昔教わって以来

そういう物事の次元の違いには敏感であろうとしているが

その大きな意味を改めて感じた。

 

物語全体を通してソナタ形式かのような素晴らしい構成でした。

 

あーあ、ヴァイオリンかチェロを選んでいたらなぁ!と

思わないこともないですが、ブランデンブルクの5番はヴィオローネでセーフ!

ということでいつか弾いてみたい。

そして、読んだ後にうっかりブラームスのドッペルコンチェルト聴いちゃって、

しかも、運が悪いことにチェリストがフルニエ!

音源の古くさい味のある響きがドンピシャで

これを聴いて弾くことを夢見る二人を見てみたかったなぁーとか思った。

 

最後はちょっと茶化したが

単純に主人公へ著しく感情移入をさせうる力を持っており

それだけでも素晴らしいのだが、完全主観で話が進むので、

主人公から見えているものしか存在しない。

これは相当序盤にコギトエルゴスムをひけらかしたのが効いていたり、

作曲家のいわゆるイメージも利用しており、

ちょっと名前が出てきた偉人たちが意味を成す。

いや、ほんとすごかったです。

 

久々に凄い本に出会いました。